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平成24(2012)年8月15日広 報特集号4子ども家庭部 子ども課 ☎3981-2187 私のお母さんは、家の近くのデイサービスで介護の仕事をしています。 デイサービスは土曜日も祝日もやっているので、私と妹は学校がお休みの日でお母さんが仕事に行く時、たまに一緒について行く事があります。 お母さんの仕事は朝八時から始まって、おじいちゃんやおばあちゃんを車で家までむかえに行って、夕方送って行くまでの時間に、リハビリのお手伝いをしたりお風呂に入れてあげたり、トイレに一人で行けない人を連れて行ってあげたり、一緒に歌を唄ったりゲームをしたり、折り紙で何かを作ったりもするそうです。 私は車イスのおばあちゃんが頑張って歩く練習をしているところや、右の足も手も動かないおじいちゃんががんばって左で何でも出きるように練習しているところを見て、本当にすごいなぁと思いました。私は手も足もそろっていて体には何も問題がないのに、めんどうくさいと思ってやらない事や、いいかげんに何かをしてしまう時があります。がんばっているおじいちゃんやおばあちゃんを見ると、反省してちゃんとがんばらなくちゃいけないと思います。 おかあさんはよく家で、折り紙を使ってクリスマスツリーやかがみもち、おひなさまやこいのぼりなど、季節の物を作っています。それを仕事場に持って行ってかざると、おじいちゃんやおばあちゃんがとっても喜んでくれるそうで、作り方を教えてあげながら一緒に作ってあげると、すごく喜んで家に持って帰って、それを見ると家族の人がすごいねぇと言って、とても喜んでくれるそうです。私もよく家でお母さんが作っているのを手伝うので、みんなが喜んでくれてよかったなぁと思います。 私のおじいちゃんは少し足が悪くて、杖をつきながらゆっくり歩きます。私は、おじいちゃんと一緒に出かける時はおじいちゃんの歩く早さに合わせながら、肩をかしてあげます。それは、お母さんが足の悪い人の手を引いてあげたりしながら歩いているのを見て、私もおじいちゃんのために役に立ちたいと思い、そうするように考えました。 今まではあまり、自分のおじいちゃんやおばあちゃん以外のお年よりの事を考えた事はありませんでした。でも、朝学校に行く時や帰る時によく会うおばあちゃんがいたり、お買い物に行くとスーパーにはたくさんのおじいちゃんやおばあちゃんがいて、そんなときにたまに、勇気を出して荷物を買い物カートに入れてあげたりすると、ありがとうと言ってみんな喜んでくれたり、ほめてくれます。 私や家族の周りには、たくさんの人がいていろいろな人達がいます。知らない人でも、助けてあげたり助けてもらったり、関わり合いながら助け合って行けば、自分の事だけ考えて自分勝手な事ばかりしないで、みんなが優しい気持ちでいられて良い社会になり、悪い事をする人もへっていくのではないかと思います。 ぼくは、人から人への親切がないと、住み心地のいい世界にはできないと思います。 例えば、友達が重そうな荷物を持っていたとき、「いっしょにもってあげるよ。」と言ったら、「ありがとう。」と友達はいってくれました。また、電車の中で、「ここすわってください。」とぼくが話しかけたら、「どうもありがとうね。」とおばあさんがお礼を言ってくれました。どちらもぼくは、勇気をだしてやってよかったなと思いました。 このように親切にしたことがいろいろな人を住み心地のいい世界にしてくれます。 また、あいさつもいろいろな人をいい気持ちにすることができます。 朝、マンションのエレベーターの中で人に会うと、「おはようございます。」と僕は言います。すると、「おはようございます。」とあいさつを返してくれます。 また、ぼくの通っている小学校では、「あいさつりんご」というものがあります。あいさつりんごのバッチをつけて、朝、しょうこう口のところで、「おはようございます。」と当番の人が声をかけてくれます。ぼくも、「おはようございます。」と言います。このあいさつをすると、1日が始まったなぁという気分になります。 だけど、ぼく一人でがんばっていても、住みごこちのいい世界にはなりません。そこで一人一人がおたがいをおもいやらなければいけません。 以前、こんなことをしてくれる人がいました。 電車に乗ったとき、中は人がたくさんいて、すわれませんでした。ぼくがつかれてきちんと立っていられなかったとき、 私のおばあちゃんは私が小さいころに亡くなりました。おばあちゃんは少し遠いところに住んでいて、年に数回しか会えませんでした。会いに行ったときは、私の成長を楽しみにして、とてもかわいがってくれました。おもちゃを買ってくれたり、たくさんほめてくれました。私はそんなおばあちゃんが大好きでした。 私の父の話によると、おばあちゃんは「スキルス性胃がん」という、直す方法のない病気にかかって亡くなりました。そのスキルス性胃がんにかかっている、と知ったときは、もう余命半年だったそうです。おばあちゃんはまず、直すことを考えました。直すことはできないのに。そうこうしているうちに、おばあちゃんの体はどんどん弱くなっていきました。そして、病院にはいり、とうとう歩けなくなってしまいました。ここまで急激に弱ってしまうと、映画のように、医者に「余命あと六か月です。」と言われてから、自分のやりたかったことをやる。とか、自分の好きなことをやる。や、人生の最後に一回くらいは人のためになることをやる。なんていう余裕、力、時間がおばあちゃんにはなかったのです。そして、私のもっと長生きしてほしい。という気持ちもむなしく、おばあちゃんは静かに息を引き取ってしまいました。 私は今、とても人生が充実しているように思えます。友達関係も上手にいっています。「バレエ」という自分が熱く、夢中になれることも見つけ日々練習に励んでいます。学校生活もとても楽しいです。ですが、「私は人のために何かやっているか。」と、ふと思ったとき、私は時々、ボランティアを自分から進んでできている、と思いました。とてもそれは良いことだと思います。人のためになることだと思います。でも、私は連続して、人のためになることをやらなければ、時々では、本当に人のためになることをしていることにはならない、と思いました。 父からきく、おばあちゃんの話はとても私達家族に元気ややさしさをあたえてくれました。少しおおざっぱなところもあるけれど、孫の成長を一番に思ってくれる人だったそうです。私はこういう話を聞いたとき、おばあちゃんは、病院にはいってからは、ボランティアなどの人のためになることは、できなくても、元気ややさしさなどをまわりの人にあたえてくれるという大きな「人のため」になることをしてくれたと思いました。 人のためになにかをやるということは大変なこと、と思う人がいるかもしれません。ボランティアを続けるのは確かに大変です。ですが「人のためになった!!」と思うときはとても達成感や充実感があります。もし、「人のためになった!!」と思えることがなくても一所懸命に全力で生きていれば私のおばあちゃんのように、必ずまわりの人に力をあたえられると私は思います。 そして、私は自分の人生を一所懸命に自分の好きなことは、何事にも全力で生きていきたいと思いました。時にはボランティアをして、おばあちゃんのようにまわりの人に力を与えられる生き方をしていきたいです。 わたしの通う中学校は、都電荒川線の沿線にあります。都電は路面電車なので、簡単に線路に触れることができます。 つい最近、事件が起きました。面白半分に看板を線路の上に置き、都電を止めようとした中学生がいたのです。幸い運転手さんが線路上の障害物に早めに気付き、事故にはなりませんでした。 その中学生は友だちと軽い気持ちのイタズラで、そのようなことをしたらしいのですが、もし脱線していたら、もしその看板が電車にひかれて、こわれた一部が通行人に当たったら、反対側の電車と衝突したら…などと大変なことになっていたことでしょう。死傷者がでていたかもしれません。 この動機はきっと、ただ面白いから。自分だけが楽しければ、それでいい。そんな軽い気持ちで、悪気など少しも感じていないでしょう。後先を考えず、他人の迷惑を考えずにイタズラをする。一緒にいる仲間が笑ってくれるから、喜んでくれるから、注目を浴びたいから、悪いことをする。それをそばで見ていて、笑ったり楽しんだりする。そんなのは、仲間でも友だちでもありません。どんなことがどんな結果になるかを考え、悪いことをしようとするのを止めてくれるのが、本当の仲間や友だちなのだと思います。人を傷つけてしまうことは、絶対に許せません。 何気なく友だちをからかったつもりでも、人によって、またはその方法によって、そしてからかわれた当人にとっては、苦痛になるかもしれません。そういうことからイジメに発展することもあると思います。 自分だけの事を考えていないで、周りの人や相手の気持ちを考えるようになりたいです。最初のうちは、「これくらい大丈夫」などと勝手に決めつけて、どんどんエスカレートしていくものです。先のことを考えずに行動すると、大問題に発展することも多いようです。 日本では年間、3万人もの人が自殺によって生命を落としてい優秀賞優秀賞優秀賞優秀賞高松小学校 5年生鵜浦 真愛さん人との関わり一人一人の 人のために自分自身の 人との関わりうのうら ま な一人一人の 千登世橋中学校 2年生山本 明香里さん人のためにやまもと あ か り自分自身の

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