20180815_gougai
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笑顔は自分から優秀賞受け入れること優秀賞命の大切さ優秀賞小学生の部小学生の部中学生の部中学生の部平木 舞さん みなさんは、自分にとってかけがいのない人を亡くしたことはありますか。私は昨年の五月に祖母を亡くしました。祖母は、いつでも私のことを大切に思ってくれていて、家族の中で一番といえるくらい大好きでかけがいのない存在でした。 そんな祖母がある日突然、体調をくずし入院しました。いろいろな検査を受けて出た診断結果は、胃がんのステージⅣでした。最初は、「ステージⅣ」の意味が分かりませんでしたが、これはその病気の末期の状態を意味するそうです。正直、信じられませんでした。今まで一緒に遊んでいた元気な祖母を思いうかべると、私の前では無理をしていたんじゃないかと思い、目から涙があふれてきました。それから数日間は立ち直れませんでしたが、家族や友達からはげまされ、前向きに考え直すことができました。 私は、祖母が入院している間は、毎日メールをすることにしました。学校や習い事の話をしたり、私が小さいころのことを教えてもらったりしました。そんなメールのやりとりをしていると、祖母が私のとなりにいるような気がして、それが一日の楽しみになっていました。 そして、祖母のがんが悪化し始めて病院の先生に余命が残りわずかだと告げられたころ、私は祖母にまたメールを送りました。今まで私は、うまくいかないことがあったとき必ず祖母にはげましてもらっていました。このメールは、今までの恩返しができる最後のチャンスだと思って送ったはげましのメールでした。これが、私と祖母の最後のメールになりました。 その日の夜に病院から、祖母の病状の悪化の報告があり、父と母がいそいで病院に行きました。でも私は、祖母のところへ行くのがこわくて、行くことができませんでした。父たちは、家を出てから五時間が経った朝の六時半千早小学校6年生ひら き まいごろ帰ってきました。そして父が、葬式の準備の話をしたり、母が学校に欠席の連らくをしたりしているのを聞き、悲しいより先に、「やっぱり」という気持ちになりました。 そして、祖母の死に実感がわかないまま、祖母が住んでいた家がある、熊本県へ行き、その日のうちにお通夜、翌日に告別式が執り行われました。その葬儀にあたっては、たくさんの方々が祖母とのお別れに来て下さいました。それを見て、祖母が、たくさんの人に支えられ、その人たちを支えて生きていたんだと思い、改めて命の尊さを感じました。その尊い命つまり、命の大切さを実感したことが、たくさんの人々の命を救う、医者になりたいという目標につながりました。 この経験を通して、私は二つのことを学びました。 一つ目は、私はたくさんの人々に支えられて生きているということです。家族だけでなく友達や、学校、習い事の先生など、毎日接していない人たちにも支えてもらっているので、感謝を忘れずに生きていこうと思います。 二つ目は、一つ一つの命の大切さを忘れないということです。今まで私は、相手をきずつけるようなことをしたことが何度もありました。でも、今回の経験から、この世に必要のない命など一つもないんだということを感じました。だから私は、もう人をきずつけるようなことをしたくないと思います。そして、このことを一人一人が理解し、「いじめ」や「犯罪」という言葉がこの世界からなくなってほしいと思いました。 この、祖母の死は、私に改めて、「命」について考えさせてくれました。そして、「医者」という夢をくれました。 今回、祖母の治りょうにたずさわって下さった病院の先生のように、たくさんの人を笑顔にできる医者になりたいです。 私は、どうして「いじめ」「一人ぼっち」などの場が暗くなるような事をする人が多数いるのか。そしてその人はどのような人なのかを考えてみた。まず、頭の中で思いついたのは、いじめ、一人ぼっち。これは、一人の事を何人かできずつけるというこうい。されたがわの気持ちを考えると、一生のこる思い出になってしまうと思う。それだけではなく心にきずがつく。次に、さべつ。さべつは、自分とちがう体、はだの色をくらべて、その人の事を悪く言う。言われたがわは、とても悲しむと思うし、自分のふつうをひかくされたら深くきずがつく。このような、相手の気持ちを考えずに、行動、発言をする人は他人に笑顔を咲かせられない人だと思う。そのためには、まわりの人が自分から笑顔を発信し、サポートしてあげることだと思う。 もし、この世界が笑顔であふれていたら、「いじめ」、「一人ぼっち」、「さべつ」 はなくなると思う。実さいに学校では、しょうがいがある子もいる。はだの色もそれぞれちがう。だけどその子たちはいつ見ても、笑顔であふれている。この一人一人の笑顔が社会を明るくする、第一歩だと思う。なぜなら、「笑顔」は世界きょうつうの、あい言葉のような物だから。だから笑顔一つ一つが大切。そして、一人が幸せそうにほほえむとみんなが幸せそうに答える。そう、笑顔一つでかんきょうがよくなる。 私はこのように考えた。私はもっと友達をふやしたい。そのためには自分みずから何をすればいいのか。その時「パッ。」と頭の中にうかんだ二つの文字と同時にクラスのみんながほほえんでいるすがたが見えた。私はようやく分かった。「笑顔は自分から」ということを。「笑顔」というまほうのあい言葉をせっきょくてきに、発信していけば、男女、ろう若問わず、仲よくなり、自分自身が明るく、輝ける未来になれる。この事をきに、他の学校、学年、クラスの子たちと友達になれるきっかけができる。私はあらためて、人々の笑顔の力に助けられる事をほこりに思った。 笑顔、親切、優しさは「いじめ」「一人ぼっち」「さべつ」に深くかかわりがある事を、自分のまわりの人達が気付かせてくれた。 また私も、いじめるがわの人たちに、笑顔の大切さを伝えていき、この社会がより良くなるために毎日笑顔でいる自分に変わっていきたい。 2020年には、東京オリンピック・パラリンピックが開さいする。その時には多くの外国人かんこう客が来る。外国人の人々に、日本は笑顔と優しさであふれている国と思われるように、日々笑顔、優しさを心がけ、少しでも良い国に近づけるように、笑顔を発信するのを忘れずにしていくことが、社会を明るくする第一歩になると思う。 なので、人々に笑顔を広めていきたいと私は強く思う。菊池 凜音さん長崎小学校4年生きくち りん「日本に帰りたいよ…」 父の転勤で急遽アメリカに引越して1ヶ月目。最初の数週間は見慣れないもの、文化、言葉、全てが新しく期待に胸を膨らませていた私も1ヶ月も経つころには地元である日本に帰りたい気持ちの方が大きくなっていました。英語が上手くなりたいからと自ら希望して編入した現地校でもやはり言語の壁というのは高く、分厚く、小学校で少し習った程度の私の英語力では到底太刀打ち出来ないものでした。また、初対面の人と話すじりじりする緊張感とタブレットの翻訳アプリの画面越しでしか自由に話せない歯痒さも相俟って、友達を作りたくても作れない状態でした。 しかしそんなある日、いつものように現地校で一人で日本語の本を読んでいると、突然「私の、名前は、カレンです。私は、あなたと友達に、なりたい。」と一人のクラスメイトが日本語で話しかけてくれたのです。英語しかない環境での彼女のいきなりの拙いけれど、意思の強い言葉に、私はとても衝撃を受けました。と同時に、恥ずかしくもなりました。彼女は私と友達になるために日本語を覚えて自分から勇気を出して話しかけてくれたのに。私は、「間違えたら恥ずかしいから。どうせ伝わらない。」と諦めて新しい人とコミュニケーションを取るのを躊躇っていたのではないか。そう思った私は「うん、もちろん。」と自然に答えていました。 彼女と出会ったその日から、私は、翻訳アプリを極力使わないようにしてぎこちないながらも英語を使って周りの人と話し始めました。間違えても大丈夫。諦めないことが大事なんだ。そう思えるようになりました。また、今まで興味や関心を持っていなかった他国の文化も率先して吸収しようという気持ちが大きくなりました。 ある時、授業で自分の出身国について写真を貼ったりして一つの箱にまとめて発表し合うという課題がありました。私は日本のアニメやアイドル、ゲームや食文化など様々なことを発表しました。授業が終わった後、周りの友達が「千鶴の発表すごく良かった。日本はとても面白いね。」と言っていたのを今でも鮮明に覚えています。そのとき、発表を褒められたことよりも日本について興味を持ってもらえたことが何より嬉しかったです。 自分の国について学び、共有し、交流し合う。日本だけでなく世界規模で社会を変えるには互いの文化を認め合い、変化から逃げずに、下手でも躊躇せずに発信していくことだと思います。グローバルな社会を目指していきたいです。明豊中学校3年生田中 千鶴さんたなか ちづる“社会を明るくする運動”にご協力頂いている団体(50音順)巣鴨信用金庫 東京信用金庫東京都薬物乱用防止推進豊島地区協議会一般社団法人 巣鴨庚申堂奉賛会 宗教法人 眞性寺株式会社 アール・エス・シー 宗教法人 法明寺株式会社 サンシャインシティ 東京商工会議所豊島支部株式会社 鈴和 東京信用金庫株式会社 藤久不動産 東京豊島西ライオンズクラブ株式会社 東武百貨店池袋店 豊島区商店街連合会宗教法人 髙岩寺 豊島区町会連合会宗教法人 西福寺 豊島区保護観察協会宗教法人 祥雲寺寄附金寄 贈表彰式(中学生の部)ジャズ研究会雅楽倶楽部'$30!2018"&8#15%

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