20190815_gougai
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★★★★うことだろう?、「世の中」のこと、世場」であることが分るとは、どういうことんあり、物がはっきだという。つまり、社住んでいる場所で、いうことなのではなけではできないこと地いきの祭り」では、たが、少しずつ友達友達もできていった。人や、お年より、みんできるように、様ざていることに気がつられていたのだ。そ、私は、ゴミ拾いに協るようになった。どものまちをつくろする大変さと楽しさ分で起業するには、、そのためには働くい。土地を買えるま。サロン」を起業した。考えて、アクリル絵ンして、サンプルをが、つめにきれいにく、兄の指を借りながら、必死に練習した。 起業当日、開店と同時にお客の行列ができた。四時間位だったと思うが、その行列はずっと続き、私はつめに色をぬり続けた。四時間の間、きんちょうしながら集中し続けることは、今までに経験したことがない大変なことで、一日が終わり、家に帰宅してから、ホッとして、私は、わぁわぁ泣いた。 働く大変さと、賃金を得ることのうれしさ、そして、とちゅうで仕事を手伝ってくれた人のことなどを通じて、一人だけではできないことがあることと、色いろな仕事や役割りがあるのだということを経験した。 お年よりから赤ちゃんまで、様ざまな人々が住んでいる場所で、生活を豊かにする商品が売られていたり、それを買うために働いてお金を得る人々がいて、みんなが笑顔でいられるということが、明るい社会なのではないかな、と思った。 みんなが笑顔でいるには、話し合ったり、理解したり、声をかけ合うことがとても大切だと思う。 あいさつすることや、持ち物やゴミをリサイクルすることでかんきょうおせんを防ぐ、など、一人一人が、「一人でもできること」をしながら、「みんな」で協力していくと、「一人ではできないこと」も実現できると思う。 地球は、「大きな社会」なのだ。すべての人が気持ちよく住める社会について、みんなで話し合い、協力しながら、明るい地球にしていきたい。「社会を明るくするために」母と池袋に行った帰り、夕方の電車は少し混んでいました。座席には座れず、立っていた私の斜め前の席に、大きな荷物を持って、赤ちゃんを抱っこした女の人が座っていて、前にベビーカーをたたんでたててありました。「いいな、赤ちゃん、小さくてかわいい。」と私は赤ちゃんの方を見ていました。電車が次の駅に着くと、女の人は、右手に赤ちゃんを抱っこして、荷物を反対の手に持って立ち上がりました。さらに、左手でベビーカーをつかもうとしたそのときです。突然、私の母が、「お手伝いしますね!」というと、ベビーカーを持って、「降りまーす!」と大きな声で言いました。周りの人がどいてくれて、母はベビーカーを持って、さっさとホームに降りました。そして、ベビーカーを広げて「はい、どうぞ」と女の人に言うと、私の手をにぎって電車の中に戻りました。女の人は、「ありがとうございます!とても助かりました。」ととてもうれしそうでした。電車の中で「知っている人だったの?」と聞くと、「知らない人だったけれど、大変そうだったから。ママも子どもが小さい時、助けてもらってうれしかったのよ。」といいました。私だったら絶対に無理だと感じました。それから三ヵ月位たったある日のことです。私は、姉と駅で待ち合わせをしていました。すると、私の前の階段のところで、足が悪そうなのに、右手にお花、左手にはバッグを持った一人のおばあさんが困った様子で立っていました。そのおばあさんの周りを歩いている人はたくさんいるのに、だれもおばあさんのお手伝いをしようとしていません。私は突然、母がベビーカーを持ってあげた時の、女の人のうれしそうな笑顔を思い出しました。勇気をふりしぼって、「お花、持っていましょうか。」とたずねると、おばあさんは、「まぁ、ありがとう」と言ってゆっくり階段を上りました。「ありがとう、本当にありがとうね」おばあさんは素敵な笑顔を見せながら、何度も私にお礼を言ってくれました。知らない人に声をかけるのは、私にとってとても勇気のいることでした。でも、ほんのちょっとの勇気を出せば困っている人は助かってうれしいし、自分も喜んでもらえてうれしくなります。そういうことを一人ひとりがしていくことでよりよい世の中をつくっていくことができます。だから、私は、これからも、困っている人がいたら、勇気を出して、声をかけてみたいです。小さな勇気で明るい社会を常任委員長賞住んで、日本の学校来てほしいと言わ住んでいたので急も言葉がわからなく「うん!いいよ」と達もたくさんいて、たので毎日楽しく学校に行ってもそうも言葉がわからなもできない、そして私は一人ぼっちだったことを後悔をしなった。今まで学校のに、今はまるで苦場所に。けれど母は行きたくない」なんから私は、いやいやー」みたいな顔でかあった?」と聞いを言ってしまった。べれない」...話をった。最後に「もうたら母は怒るだろうではなくやさしく、前はそうだったんだい!今は一生けん命きるのよ」と言ってくれた。そして最後に「お母さんもあなたの友達よ」と言った。母は私をしかるのではなく、励ましてくれた。私はとてもうれしい気持ちと頑張ろうという気持ちでいっぱいになった。お母さん、ありがとう。その日から、毎日がんばって勉強した。一人ぼっちでトイレでこっそり泣いた時に母の言葉を思い出して涙をふいた。それから五ヵ月後、私はみんなと話せるようになった。たくさん泣いて、たくさん笑って、みんなと過ごした日々が思い出となった。たくさん友達ができて、うれしかった。今では私をずっと支えてくれた親友までいるのだ!いままで、私ががんばれたのは誰のおかげかな?母かな?いや、母の言ってくれた言葉のおかげだ。なにか自分にとって頭に残る言葉を聞くと、その人には、励ましの言葉になるのではないか。人間はみんな感じ方が違う。だからこそ大切だと思う言葉も違う。今、前の私のように一人ぼっちでいる人がいれば、その人に声をかけてあげませんか。また、一人ぼっちのあなたは、勇気を出して頑張ってみませんか?言葉の力最近、私の友達の多くがスマホを持ち始めました。正直、私は「中学生でスマホを持つなんて早い」と思っていました。なぜなら、大人でもSNSなどでトラブルが起きているからです。また、さみしいのは、いつでもスマホを気にしている人がいるという事です。実際に、私がそう感じた出来事がありました。その日は、久しぶりに小学生の時の仲の良かった友達と遊ぶ日でした。私は楽しみでうきうきしていました。しかし、友達は遊んでいる途中途中に、スマホを気にしている様子でした。私は、かすかに違和感を覚えました。みなさんはこれをどう感じるでしょう。私は少しさみしくなりました。友達の態度は、いつも通り優しいのに、私の心の中には、何かもやもやしたものがありました。私はスマホを持った事がないから分からないけれど、相手の目を見て伝える、という事が、どれだけ大切か、多くの人がだんだんと忘れてきている気がします。よくありがちなのが、「軽い気持ちで書いた言葉が、相手の心を傷つけていた」という事です。しかし、もしこれが直接相手に会って話をしていたらどうでしょう。誤って傷つけるなんて事はない可能性が、とても高くなります。確かに、メールなどで、遠くからでもすぐに情報を伝えられるのは便利で、見方によっては、すばらしい事です。けれど、メールなどは、必要な事だけをかくのが一番良いと思います。ですが、私もスマホを持ったら、きっと楽しくなって、会話したい事をかきたくなると思います。だから、やはり相手がどう思うか考えて書く事は、とても大切だと思います。そして、私がどうしても伝えたい事があります。それは、実際に友達に会う事が、とても楽しいという事です。また、相手から元気をもらう事だってあるはずです。想像してみてください。自分が落ち込んでいる時、だれかに励ましてもらえる。たとえ言葉を交わさなくても、何か温かいものを感じませんか。なぜそう感じるのか、私は考えてみました。それは、人が相手を想う気持ちは表情、声の色、雰囲気、しぐさで伝わるからではないでしょうか。本当に会いたい人なら、会えるように努力してみませんか。スマホの画面から目を離し、大切な人に会いに行きませんか。少し難しいという人もいるかもしれません。けれど、自分の心にまっすぐ、少し努力するだけでも、私はすてきだと思います。私は、例えスマホを持っても、何か悩んでいる友達からメールが入ったら、すぐにかけつけてあげたいです。そして、相手の話をよく聞いて、気持ちを感じとりたいです。スマホはいろいろな事をメールで伝えられてとても便利。けれど、気持ちを一番上手に伝えられるのは、やはり相手と直接話す事だと思います。みなさんも、一度スマホを置き、大切な人との時間が大事という事を、思い出してみてください。スマホを置いて、目を見て話そう優秀賞さくら小学校5年生      兵藤 杏樹さんひょうどう  あんじゅ仰高小学校 6年生    増谷 玲花さんますたに   れい か千登世橋中学校 1年生     林 美羽香さんはやし   み う か千登世橋中学校 1年生     酒巻 さくらこさんさかまき   さ く ら こ

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