20160101_1673
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●1918(大正7)年鈴木三重吉、目白の地で我が国初の児童文芸雑誌『赤い鳥』を創刊。新美南吉や坪田譲治など若い児童文学作家を発掘・育成した。●1921(大正10)年 羽仁もと子・吉一夫妻、自由学園開校。フランク・ロイド・ライトが設計した校舎(明日館)は重要文化財に指定されている。●1931(昭和6)年すずめが丘アトリエ村を皮切りに、旧長崎町を中心にアトリエ付借家群が形成され、若き芸術家たちが住み集った。自由で熱気あふれる交流が繰り広げられ、その光景を詩人小熊秀雄は「池袋モンパルナス」と称した。●1945(昭和20)年 戦後まもなく、池袋駅東西にヤミ市が形成される。戦後復興のエネルギーはここから生まれた。●1948(昭和23)年 作家三角寛、戦火の焼け跡が残る池袋に人世坐を開館。名画座としての流れは現在の新文芸坐に受け継がれている。 ●1948(昭和23)年野尻与顕により舞台芸術学院創設(現西池袋)。通称「舞芸」からあまたの演劇人が輩出され、演劇都市・池袋の源流となった。初代学長秋田雨雀は雑司が谷を代表する文化人で、雑司が谷の「梟」と呼ばれた。ふくろう●1953(昭和28)年 手塚治虫が椎名町にあった木造アパート「トキワ荘」へ入居。以後、彼を慕って寺田ヒロオ、藤子不二雄(藤子・F・不二雄、藤子不二雄Ⓐ)、石ノ森章太郎、赤塚不二夫など、後のマンガ界をけん引する数多くの巨匠たちがその青春時代をトキワ荘で過ごした。●1961(昭和36)年 豊島区総合庁舎 (旧庁舎)竣工● ●1932(昭和7)年 豊島区誕生●1952(昭和27)年 豊島公会堂落成※1~3面は、平成27年10月31日に開催された「池袋ハロウィンコスプレ2015」に参加された皆さんにご協力いただきました。
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